乱れたシーツ。山盛りになって数本のタバコがこぼれた灰皿。散らばった衣類。空気に染みついた僅かな紫煙と香水の匂い。電気のついていない部屋でテレビ画面だけがぼんやりと光を放っている。その光さえ眩しいとでも言うかのように、テレビから背いて狭いベッドに横たわる少年がいた。
ゆっくりと目を開く。汚い部屋――胸中で呟いた。だるそうに身を起こすと、肩からシーツが滑り落ちる。上半身には何も身に着けておらず、ジーンズだけは履いていた。
脇に置いてあった携帯を開くと小さな画面に明かりが点る。
画面のバックライトの明度は最も低くしてあるのだが、それでも少しだけ目を細めて隅に表示された時計へ焦点を合わせる。午後二時を過ぎていた。
それにしては暗い。ブラインドを下ろしているせいもあるだろうが、少年は訝って無造作にブラインドへ手を突っ込んだ。ガシャ、と音がして隙間から外の様子が覗く。
雨が降っていた。
(・・・・・・・雨・・・)
サイコリズム
『――ちょっと涼羽! いきなり出てくなんて書き置きだけ残していかないでよ!』
携帯から三十センチほど耳を離しても聞こえてくる声に、あからさまに嫌そうな顔をしながら声だけは平常を装って、ごめん、と少年――涼羽は言った。「・・・・って、オレお前に番号教えてないよね。勝手に携帯見ただろ」『いいじゃん番号くらい』「・・・・・・・」『なんで黙んの? エロ画像でも入ってた? なんなら見ときゃよかったかな』「ないよそんなの。不必要」『まぁ女に不自由してるカンジじゃないもんねぇ。の割には登録件数けっこー少なかったけど。全部苗字で登録してんのは本命に浮気がバレないため? それとも女の子の登録ないからっていう男の見栄? 全部男だったりすんの? 安心しなよぉー少なくともあたしのは登録してあげたから! ねぇ今、』「アドレス帳すべてチェックしたって吐露してることに気付いてる? お前」『は? トロ? マグロ?』「・・・・・・・」『それよりあんた今どこに』ブツ。
マシンガンのように喋りかけてくることに辟易したのも然ることながら、そのうえ会話まで成立しないことにいい加減腹立たしさを覚え、涼羽は問答無用で通話を終了した。そのまま長押しして電源そのものを切る。
(・・・・・しばらく携帯はつけないどこう)
短く溜め息をついてなんとなく空を見上げる。先ほどコンビニで買った安い傘のビニール越しに、灰色の雨雲が敷き詰められていた。
屋外にいるはずなのに閉塞感を覚える。どこまで行っても閉じ込められているかのような――どこへも行けはしないのだと見下ろされているかのような。唐突に焦りを感じた。このままでは追いつかれる、何かに。何に? 何なのか、わかったとしても逃げ場などあるのか。せめて隠れる場所は――
だがしかし、ただ無闇に続く道はどこへも行き先など示していなかった。
「・・・・・・どこ、行けば・・・・・、」
足が止まる。人は通らない。静か過ぎる中で雨音が強く響く。眩暈が、した。
こんなにも煩い静寂に見舞われるくらいならあのマシンガントークでも聞いてればよかった、と今更ながらに思う。リダイヤルしようか。そう考えもしたが、涼羽の手は携帯へ伸びなかった。
元々、泊めてくれる場所を提供してくれる人間とはその時限りしか繋がりを持たないことにしている。例外がないわけではないが――今回のように一方的に繋がりを持たされる事も含めて――大抵の場合はそうしていた。
どうすることもできずに立ち尽くす。
身体が冷えているとは感じたが、寒いとは思わなかった。
こんな事など慣れているはずだから――“ずっと雨に打たれた後ここに居るの?”
ふと思い出した声が記憶の扉をノックした。
子供っぽくて、鈍感で、無防備で、優しい人。部屋の至る所に置いてあった菓子類。好きだというシチューを作ってくれた。冷えた寝床の中でただ抱き締めた躰。向けられた、笑顔。
渇望する。
無性に会いたくなった。あの安穏な空気に触れたくなった。気付けば足は勝手に再び歩き出していて、ろくに覚えてもいない道筋を勘だけで辿っていく。何故これほど強く求めているのか、涼羽自身にもわからなかった。
――す、と視界の端に何かが映る。
子供だ。男の子がたった一人、軒下で不安そうに空を見上げながら雨が止むのを待っている。軒を伝ってボタボタと落ちる雨水。雨雲はまだまだ太陽を隠すつもりでいる。寒そうに腕をさする、細い腕。
「・・・・・・・え、と」
男の子が困ったような声を出す。涼羽と、涼羽が差し出した傘を見て。
「あげる。・・・・・家があるんなら、帰りな」
「でも、そしたらお兄ちゃん、」
「気にしないで。平気なんだ、オレは強いから。バイバイ」
傘をしっかりと受け取ったのを見てすぐに背を向けた。すると、「ば・・・ばいばい!」後ろからやたらと大きな声で聞こえてくる。振り返らずに、片手だけをヒラリと挙げた。
べったりと肌に張りついてくるシャツ。前髪から次々と雫が落ちる。何度も水溜りを踏んだ靴も水を吸って重くなり、足を踏み出すたびに水の染み出てくる感触がした。依然、雨脚は変わらないまま。歩いて、歩いて、歩いて、見覚えのあるアパートの前までやっと着いた頃には指先がふやけてさえいた。
そんな状態のまま、涼羽はアパートの軒下で蹲(うずくま)る。
京山というプレートが横にある扉には、まだ触れてもいない。インターホンも押していない。――部屋の前まで来た時、手が、強張った。何を考えているのだ、と。がむしゃらにここまで来ておいて今更――しかし、最後に手を引っ込めさせたのは恐怖だった。
初めてここへ来た時の夜も考えた覚えがある。
――優しいヒトの傍って、怖いな。・・・・離れ難くなりそうだ
怖い。離れ難くなるということは、それほどそれが大事ということだ。大事なものは弱みになる。弱くなる。一度でも縋ったら一人では立って歩いていけなくなる。
(・・・・・やっぱり来なきゃよかった)
恐れているのに、けれど去ることもできない。
それはやはりどうしても会いたいからで。涼羽は立ち往生し、結局、雨音の中で蹲ることとなった。外はもうほとんど日が沈んでいる。だが目的の部屋に一向に明かりが点らないところを見ると、彼(か)の人物は出かけているらしい。――今の内にここから離れよう、と何度も考えた。それでも足は動かず、風に煽られた雨に髪を濡らされていた、その時。
「・・・・・・涼羽、くん?」
蹲り、腕に埋めていた顔をぱっと上げた。
「あ、やっぱり涼羽くんだ」
「・・・・・葵、」
またそんなびしょ濡れになって、今日もずっと雨に打たれてたの?、もっと早く帰ればよかったかな、寒いでしょ、うちに入る?、おやつあるから――適当に打った相槌は何と言ったのか覚えていなかった。
はいタオル、と渡されたそれで無造作に頭などを拭く。ふわりと甘い匂いの漂う部屋。整頓されているが、あちこちに置いてある菓子類。近くで揺れる、さらさらとした黒い髪。
「三週間・・・・一ヶ月近いかな? 久しぶりだね。どうしたの? 今日は」
穏やかな笑み。それを見ながら涼羽はとても充足した気持ちで、でも笑みは象(かたど)らないまま然も気のない風に答えた。
「別に。・・・・・・飢えてたから」
「え? またちゃんと食事してなかったんだ?」
「――、だからお菓子食べに来ただけ。そろそろ溜まってるかと思って」
そう言った途端、「あー・・・うん、おやつほとんど返されちゃってね・・・・なんならいっぱい食べてってくれると助かるよ」とほほ、とでも言いそうな様子でしょんぼりと項垂れる。けれどすぐにまた笑みを戻し、でも先にお風呂ね、と濡れ鼠のままの涼羽を見て言った。
よく笑う。当然のようにまた世話を焼いてくれる。
空気の暖かさに安堵し、そして自分がどれだけ冷えていたのか今頃気付いた。
「葵、」
「ん?」
「お菓子たくさん食べてあげるから、ついでに泊めてよ」
朗らかな声に乗せて返ってくる答えは、予想通り――
fin.
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はい、スキゾ初小説ですた(・ω・)一回目のお泊りは絵チャにて。これで二回目!
涼羽にとって葵ちゃんは安心する人だとおもう。
だから不安定になったとき無意識に求めたりすんじゃないかなーと。
ここここんなんですがどうですかみずちゃ・・・・・・!
あまり葵ちゃん出せてない! めんご! あとえろさ足りないよね! めんご!←
タイトルについて(スキゾチック・ディジーズ)
スキゾ=心理傾向分類の一つ。自己中心、人との深い関わりを持たない、自己喪失の不安が強い、どんな社会的場面でも本当の自分は現さない、などが特徴。
ディジーズ=@病気、疾病、疾患 AA変質、腐敗 B≪正式≫(社会・精神・道徳面の)不健全な状態、悪弊、堕落
サブタイトルについて(サイコリズム)
サイコリズム=心理のリズム。周期的な心理状態の変化。
(スズはこれから周期的に葵ちゃん欠乏症になるとおもいます笑)
ユリヤ
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