寄宿舎の仲間達と海へ来ていたその日、涼羽はその暗い穴にどうしようもなく惹かれていた。
それは海沿いの岩場のその向こうにある、ただの洞窟。否、ただの洞窟に見えるモノ。
あそこへ行きたい――"還りたい"。そんなことを考える自分に何の疑問も抱かないまま。
遊ぶついでにと、カヲルをそこへ連れて行ってしまった。
暗闇しかないそこへ。

「うわー、真っ暗だね〜。どうしようスズちゃん、懐中電灯とかある?」
「んー・・・・・・懐中電灯はないけど、これなら多少は明るいかな」

そう言って上向けた手の平からは、暗闇と同じ色のコードがズルリと這い出す。
しかしそのコードは徐々に発光していき、ぼんやりと辺りを照らした。
あまり明るくはない真っ青な光は、五歩分ほど前方までの輪郭を浮かび上がらせる。

「わー、綺麗・・・・・・蛍の光、みたいだね」
「そう、かな。・・・へへ。でも触ったら強制的にバグ起こすから、気をつけて」

涼羽を構成するすべてはウイルスとバグと、放置されていたらしいAI。
無数のそれらの内の一つがこの青い光だ。
清廉な色を発する見た目とは裏腹に、涼羽以外のものが触れるとバグが生じる。
カヲルは素直に忠告に頷いて涼羽と共に歩き出した。

「おー・・・・声が響くなぁ・・・・」
「そーだねー。あうあーーっ」

カヲルが声を上げると、反響した音が幾重にもなって返ってくる。
突拍子もない声に涼羽はおかしそうに笑っていた。

とうに吸い込まれた音。奇妙に感じる圧迫感。
ざわざわ。ざわざわ。光の届かない場所で何かが息衝いているような感覚。
――数分もしないうちにカヲルは得体の知れない気配を感じていた。
だんだんと息苦しさを覚えてくる。
しかし隣を歩いている涼羽は平然としているどころか、どこか楽しげでもあった。

「・・・・・・カヲル? どうかした、さっきから」
「う、ううん・・・・・・なんか、妙な感じがして・・・・・・」
「ふーん・・・・・・オレは楽しいんだけどな」

楽しい?――カヲルは疑問を感じた。歩き出してから何も起こってはいない。
それでも楽しいと思うのはどういうことだろう――嫌な予感がした。
よくは見えないが涼羽は笑みを浮かべているようだ。
そうカヲルが思った時、涼羽は確かに気分が高揚するのを感じていた。
自分の中の何かが歓喜している。
――そう感じた時点で引き返していればよかったのだ。

自分の中の何か。
涼羽の中にあるものなど、破壊衝動という狂気にまみれたモノしかない。

「んー・・・・なんか疼く感じが、する。――笑い出したいような」
「・・・・・・え? えっと・・・・、何・・・・?」

話す涼羽の声は笑みを含んでいた。嫌な予感は急速に増長していく。
ガタガタと震えまで出てきた身体に、カヲルは二の腕を両手で抱えた。
奥へ。奥へ。進むほどに、何かが近付いてくる。

「・・・・・・ああ、なんか"還った"みたいで嬉しいのかも」

くすくすと笑う涼羽。続けて「どうした? カヲル。寒気でもする?」と尋ねかける。
それにカヲルは「ちょ・・・と・・・・・・寒い、のかな・・・?」とこたえた。
もはやガチガチと歯の根まで合わなくなっている。
しかし、今はそれよりも訊きたいことがカヲルにはあった。

「還るって・・・・・・何処へ・・・?」

ぴたりと涼羽の足取りが止まる。同時にカヲルも進める足を止め――


「――――自分のナカ」


それはまるで暗い沼が溢れ出したかのように、静かに、急速に首をもたげた。

「っく、アハ、だめだ――壊したくてたまらない」

カヲルの方を振り向いた涼羽は口元に歪んだ笑みを、眼に狂気を浮かべていた。
危険。危険。危険――すぐにそう感じ取ったカヲルは即座に対応をとる。
まず状況と事態の解析をした。その解析結果、数多のウイルスの検出を確認。
しまった、と。思った時にはすべてが遅かった。

「・・・ッ・・・ウィルスの削除及び停止を開始する。
 全回路を197JURUSに回し外部干渉30%カット。
 ――――AREA444の解析・分解・削除を開始します」

紅く染まったカヲルの眼が警戒するように涼羽を見据える。
この洞窟はとっくの昔にウイルスに汚染されていた。
しかし、先ほどまでは確かにそのウイルス達は停止していたのだ。もう、過去形だが。
涼羽を形作る無数のウイルスに反応して起動したのだろう。
眠っていたプログラムが動き出す――

そのウイルスの群れを、カヲルが自身の機能によって次々と消していく。

涼羽はじっと、カヲルの紅い眼を見つめ返していた。
そして不意に口を開く。

「・・・・・・なんで、みんな――――俺のこと殺すの?」

「・・・・・・ッ!!」

すべての感情をなくしたかのような無表情で言われた言葉に、カヲルは目を見開いた。
だがその瞬間、灯りとして使っていた真っ青な光を放つコードに絡め取られる。
触れてしまった。
その部分からたちまち侵蝕され、そしてバグによる破壊が始まる。
気を失えたらどんなに楽だろうという激痛と崩壊の感覚がカヲルを蝕んだ。
それでも必死に悲鳴を堪え、ウイルスの削除に神経を集中させる。
涼羽は淡々と続けた。

「作られて、作られて・・・・・・でもそれ以上に、誰もかも。
 殺そうとするんだ・・・・壊すしかできないから。
 最初から作ってくれなければいいのに――――」

瞬時、何の感情も浮かべていなかった顔に哀しみの色が過ぎった。
けれどすぐに消え失せ、そこには口端を吊り上げた涼羽らしくない笑みが浮かぶ。

「・・・・・・ねぇ、お前も俺を殺したいの?」

涼羽のコードによる侵蝕、洞窟の眠りから覚めたウイルスによる四方からの侵蝕。
それらに耐えながらカヲルは近付いてくる涼羽を紅い眼で見ていた。



Next→02




Top