壊すものが壊れられないのは、なんと皮肉なことだろうか。
もう涼羽の器としての容量は限界間近で、最後のウイルスも何とか取り込んだ状態だ。
体中に亀裂のような傷が走り、伝い落ちる鮮血が服を汚していく。
限界間近、どころか本当はもう限界なのかもしれない。
それでもどうにか保っているのは、保ちたいと思わせてくれる存在が横に居るからで。
「!! 涼羽・・・っ・・・・涼羽、消えないで・・・ッ」
立っているのがやっとの状態の身体を、カヲルは後ろから懸命に抱きしめた。
数え切れないほどの衝動、そして狂気をすべて一身で抱える背中を。
一度だけ見たことのある涼羽のナカの世界は、この洞窟そのものだった。
どこまでも暗く。ひたすらに寂しく。
重く狂気が立ち込めて、それ以外に何もない世界でたった独り、闇に埋もれていた。
――あの時だって約束した、のに。一緒に・・・傍に、と。本当の裏切り者は、きっと
ごめんね、と口の動きだけで呟いたカヲルからゆっくりと涼羽の背中が離れる。
そして動きにくそうに、ぎこちなくカヲルの方を振り向いた。
じっと見下ろしてくる瞳は、酷く切なそうで、愛おしそうで。
「・・・どうして、こんなに大切なもの・・・を手に、入れ・・・たのか、な」
(いつも いつも 傷つくのは大切なものばかりで)
「ほんとに・・・・・・一緒、に・・・いた・・・・い・・・・・」
(愛しく思うほど 壊れてく)
「・・・・・・いつか、その時、まで・・・・・・傍に、いてもいいのかなぁ・・・?」
いつか。
離れ離れになって、姿を見ることも声を届けることも叶わなくなる、その日まで。
カヲルの瞳から、たくさんの透明な雫が落ちていく。
涸れることなど知らず、湧きだして止まらない感情が次々に新しい涙となる。
涼羽は寂しそうに微笑んだまま、カヲルの涙を拭おうとした。
しかし全身、特に指先には消えかかるほどのノイズが走り、涙は指をすり抜けていく。
その様子さえいずれの二人を暗示しているようで、余計にカヲルは涕涙した。
「っ・・・っ・・・ぅ・・・っぁ・・・ひっぅ・・・・・・一緒に・・・っ・・・居・・よぅ・・・っ
・・・うんっ・・・うんっ・・!・・・ここに居よう・・・・!・・・涼羽を想うよ・・・っ!
・・・・・・ずっと・・・傍に・・・っ
( いつか 消えてしまうとしても )
・・・それでも・・・・・・・・傍にッ・・・居て・・・ッ・・・!!」
腕を伸ばし、カヲルの指先が涼羽の傷の一本一本をやさしく撫でていく。
頬を撫で、首筋にも指を滑らせ、少しでも修復しようと懸命に。
涼羽が少し前へ傾くようにすると、カヲルは鎖骨辺りへ唇を寄せた。
血や分解されて残骸となったウイルスを丁寧に吸っていく。
「ん・・・・・・カヲル、が・・・望んで、くれるなら・・・・・・っ・・・・
絶対に・・・・傍に、いるよ・・・・・・傍にいたい・・・っ」
――避けられない終わりが来ても、カヲルを想い続けるように。
「・・・・・何度、目・・・かな・・・カヲルに―――救われる・・・」
痛みさえわからないまま、ただカヲルが触れてくれる感触だけを感じ取る。
少しずつ、少しずつ癒されていく身体の傷。
指先や唇が触れていく箇所から、そっと塞がっていく。
「・・・ん・・・っ・・ぅ・・・っ・・・好き・・・っ大好き・・・ッ・・・・・・
何度だって・・・ッ・・・・涼羽が・・・生きてくれるなら・・・何度だってッ・・・・」
いずれ消えるのだとわかっていながらも、残酷な約束に涼羽は頷いて。
「うん・・・・・大好き。大好き、だ・・・・・・大好きだよ・・・」
(時間を壊せてしまえばいいのに)
(ずっと離れないように――止められたら)
「・・・我侭、だ、オレ・・・今、一緒にいられるだけでも・・・本当に――幸福なのにな」
もういいよ、というように涼羽はカヲルの肩を羽を抱くように優しく抱いた。
本当に、時間を壊せたならどんなに歓喜することだろう。
しかしカタチを持たないものを壊すことなど。時間ばかりは、人の心のようにはいかない。
泣いて、想って、願って、縋って。
どんなに抗おうとしても進んでいく時間。それならばせめて、共に時を刻もう。
カヲルは涼羽の言葉への返事を静かなキスで返した。
涙の味と血の匂い。もう言葉で伝えるには足りないほどの深い想いを、こめて。
そしてその想いは涼羽も確かに共有している。
少し唇が離れた後、カヲルを抱く腕にもう少しだけ力をこめて同じようにキスを返した。
ノイズに荒れていた身体がだんだんと正常になる。ようやく安定したのだ。
涼羽はカヲルの、もう紅くはない瞳から新たに零れた涙を舌先で掬い取り、言った。
「・・・泣かないで、カヲル。もう悲しくないよ」
やさしい声色。穏やかに微笑んで眼を合わせる。
――涙も、笑顔も、想いも共有して。
「・・・・・うん・・・ありがとう・・・泣かない・・・嬉しい・・・っ」
カヲルはまだ涙に濡れた瞳で、それでもとても綺麗に笑って言った。
――ああ、僕らは今こんなにも幸せだ。
・・・・手、繋いで帰ろっか、と涼羽が呟いたものの、まだ回した腕を解く気配はない。
カヲルがいること。それだけでこんなにも安らぐ。
まだ、もう少しだけこのままでいたい――黙って純白の髪に頬を寄せる。
カヲルもまたこの安堵を感じていたかった。
涼羽の胸元に頬をすり寄せ、あたたかな体温と心音に身を委ねる。
確かにここにいる。ここに。
この時間も、幸せも、いつかは絶えるのかもしれないけど。
せめて・・・・少しでも長く――
代わりなんて、無い。消えれば終わりだと思ってた。
でも違う。心に、体に、記憶は・・・残る。
だから、今を大切にしなくてはならない・・・・そうだよね――
「・・・・皆のとこへ、帰ろうか」
「――うん」
身を寄せ合ってから暫く、そっと腕を離し差し伸べた涼羽の手を、カヲルがとる。
真っ青な光がぼんやりと照らす中を二人、並んで歩んでいった。
繋いだ手はどちらもしっかりと結ばれていて。
言葉はなく、けれど互いの存在を確かに感じながら進んでいく――
外へ出ると、月が出ていたはずの空は白んで暁になっていた。
もう必要のない青い光は再び涼羽の中へ戻され、朝焼けの光と交代する。
凪いだ海の音。薄い光の色に照らされた浜辺。
「・・・なんか、散々なこと多かったけどさ。
オレ、今日あったことも、カヲルにもらった言葉も、忘れないよ。・・・忘れない」
誓うように告げる言葉。どちらも少し眩しそうに、相手の眼を見つめている。
「・・・・うん・・・忘れ・・・ないで・・・・・僕も忘れない。絶対に、忘れない」
大切な想い出、だね。そう続けたカヲルの表情は一瞬、泣きそうに歪んだのだけど。
また次の瞬間には嬉しそうに、どこか切なそうに微笑んで前を向いた。
そして二人で帰路を踏み出す。
砂浜を歩いていく二人の足跡は、寄せる細波にゆっくりと消えていった。
Omnis habet sua dona dies.
03←Back // fin.
旅行での海編、洞窟であった出来事の話を小説化いたしました。
最後の一文の意味は「すべての日は、それ自身の贈り物をもっている」です。
ラテン語なのは、しーちゃんも興味があると言ってたから(^o^)/
二人のキスは恋人同士のそれとは違います。
でも友達同士だからというわけでもなくて、本当に特別で、言葉にできないもの。
ひたすらに大好きなのだという気持ちは共通してるんですけどねっ。
読んでくださりありがとうございました!
ユリヤ
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