カヲルを絡み取り、侵蝕し破壊していたコードは発光だけをしたまま落ちた。
だがとうに傷だらけになった姿が、目の前にある。
自分が何をしてしまったのか、涼羽は一瞬にして理解した。

「あ、あ、ぁ・・・・・・カヲル、カヲルカヲルカヲルカヲルっ!!
 ごめ、ん、ごめんなぁっ・・・オレ・・・・・なんで、いつも・・・
 ・・・こうなっちゃうんだよぉ・・・・・!」

水色の瞳から止め処なく涙が零れる。今は無い右眼の分も流しているかのように。
しかしいくら涙が落ちたとしてもカヲルの傷が癒えることはない。
先ほどより回す腕に力がなくなっているカヲルの身体を、今度は涼羽が抱きしめる。
頭を抱えれば、純白の髪にこびりつく乾いた血がざらついた。
それでも必死で掻き抱いて落涙する。

傷つけた。また。もう二度と傷つけたくないと、思っても、想っても。

「こんな、だから・・・こんな事になるからっ・・・・・・願わなきゃ、よかったのに・・・!
 一緒に・・・いたい・・・・・生きたい、なんて! 願いごとなんか・・・・っ」

砂浜、カヲルと二人で話していた。願い事は何かと。そして確かにこう言った。
『願いごとは・・・・・・ない、かな』
この言葉は嘘ではない。濁して、曖昧にさせて、そうしないと言えなかった真実。
願いごとなんか、ない。最初からなければ、よかったのに――

最初から、生きたいなんて願わなければ。
最初から、大切なものなんて作らなければ。
最初から、この世界に存在なんてしなければ。

そう思うことは絶えない。けれど、もう手放すこともできはしない。
すべて無ければよかったはずのもの。どうして持ってしまったのだろう――

「僕も・・・要らないって・・・叶わないって・・・ずっとそう・・思って・・・・
 でも・・もう・・・消えない・・・の・・・この願い・・・二度と・・・
 どんなに苦しくても・・・悲しくても・・・消えないから」

優しい声が、どうしてこんなにも痛く感じるのだろう。
傷つけて、傷つけられて、それでもどうしてこの存在を赦してくれる――?
そう思い、よりきつく抱きしめたカヲルの身体はこんなにも脆そうで。

「う、あぁ・・・も、やだぁ・・・・・・カヲルが、ぼろぼろに、な・・・・・ひっ、ぁ、う・・・」

こんな自分では、何も護れない。
どうしてこんなにも無力なんだと、涼羽は唇を噛み締める。
護ることができれば大切なものが残る。壊したそこに残るものなど、残骸だけで。
――今すぐにでも願いを捨てよう。願いより大切なものがあるのだから。
もう、さよならだと。
傍から離れ、消え去ることを涼羽が口にしようとしたその時、

「どんな事になっても・・・どんな目に遭っても・・・・・・・ただ・・・一緒に居たい。
 ・・・・僕・・・涼羽と・・・出会えてよかった・・・生きていて・・よかった・・・
 ここに・・・一緒に・・・存在できて・・・・よかった・・・」

――言葉に、できなかった。

涼羽は水色の左眼を拭い、カヲルをそっと離した。そして静かに背を向ける。
ざわざわ。ざわざわ。取り囲む狂気。それは涼羽にも存在するモノ。
そして、涼羽自身。

「オレは、オレのナカへ・・・・・・すべての狂気を。抱えるから――」

ウイルスの取り込み。これができるのは涼羽ならではだ。
新しく入ってくる、破壊衝動。壊したい全て崩れてしまえばいい何もかも無くせ、と。
数多のそれらを受け入れては抑えこむ。壊したいものかと、衝動を押し殺し続けた。

その背中にそっと額を押し付けるように、カヲルが寄りかかる。

「・・・・・・涼羽・・・・・・」

静かに、そしてどこか懇願の色を含めて名前を呼んだ。
その声色を背中に聞いた涼羽は、ふといつかのことが脳裏を過ぎり息を呑む。
背中越し。静かに、告げられた言葉。
嘘だと疑いたくても声色が、振り向いて見やった表情がそうさせなかった。

――僕は、いつか

「―――っ・・・・・・ぅああぁぁぁあ!!!」

(たすけてたすけてたすけて、なくしたくない、のに・・・・!)

( 悲しくて、気が狂いそうなのに )

大切なものが消えてしまう恐怖。なくしてしまうのだという慟哭(どうこく)
断末魔のように叫んでも、湧き上がる感情は決して消えることはない。
必死でその感情を乗り切ろうと固く目をつぶる涼羽の背に、カヲルは確りと身を寄せた。
まだここにいる、と。一緒にいるのだと、示すように。
カヲルも辛くないわけがないのだ。本当ならずっとだって一緒にいたい、けれど。
――それは、叶わない願い。

でも、本当に、もし、一緒にいられたなら

(お願い・・・涼羽が泣かないように・・・)

「・・・・・まだ・・・まだ・・・・いっぱい・・・ううん・・・・この先・・・・っ・・・・・・・ずっと・・・っ!!」

(生きていく事を許して)

「・・・・ねぇ・・・誰かぁ・・・・・神・・・様・・・・っ・・・お兄・・ちゃん・・・・・ッ」

叶わないとわかっていても、願ってしまう。切望し、懇願し、それでも足りない。
どれほど想っても届かないものがあるのだと、どうして知ってしまったのだろう。
もっと幸せになれる存在として、生まれたかった――――


「 カヲ ル 」

ピシッ、と何かが割れかける直前のような音がして。
散るように血の雫が降った。



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